手紙 side-M
あいつが消えて何年経っただろう。
あいつの居た夏が幾度過ぎただろう。
もう、数え切れないほどの年月。
あたしの中のあいつは、ずっと高校生で。
授業中に居眠りしたり、TV見て笑ったり、野球見に行って興奮して叫んだり。
元気なあいつしか頭に浮かばなくなった。
あいつがココに来た理由の絵画。
あたしが届けると約束した。
そのために決めた進路は決して無駄ではなかったけれど、
……、……いや。無駄だったのかもしれない。
あたしは魔女おばさんの勤める美術館には就職出来なかった。
就職したかった。したくてしたくて仕方なかった。
でも出来なかった。
世間って厳しいよね、ホント。その時は悔し涙がでたよ。
魔女おばさんの部屋のソファーで泣いて泣いて泣いて。
魔女おばさんは静かにあたしを慰めてくれた。
「あの絵は私がきちんと届けるから。真琴のその悔しさもその想いも全て」
隣に座ってあたしの頭を撫でて。
それでも。あたしは、ごねた。だって、あたしが関わらなきゃ意味がないじゃん。
いつまでも拗ねるあたしに魔女おばさんは、魔女おばさんのことを話してくれた。
魔女おばさんがこの仕事をしている理由。
母さんが言ってもいつまでも結婚しない理由。
「勤められなくても真琴には真琴の伝え方が他にあるんじゃないのかな?」
いつものように柔らかく笑って。
その笑顔を何秒何十秒と見ていたか分からない。
他の伝え方を考えてみても遅くはないよねって思ったのを覚えてる。
…………。
あたしは筆を置いた。
外で蝉が鳴いている。爽やかな風がレースカーテンを遊ばせる。
この夏、あたしはあいつへ絵を描くことにした。
約束は魔女おばさんに託してからずっと考えてた。
そんなこんなで年なんてアッと言う間に過ぎてしまったけど。
未来へ伝えるから、劣化しないって言う紙を取り寄せた。
普段使わないから普段の調子が出なくて四苦八苦。
何度も何度も描きなおして。
あいつに伝えたい色。印象。そして想い。
額縁の中にしまう前に、ちょっと悪戯をして。
「千昭」
飛行機雲が流れる青い空を見上げた。
この空がつづくいつかに千昭は居る。
時をこえて、きっと伝わってるよね。
伝わってよ、お願いだから。