手紙 side-C
俺は俺の時代に戻ってきた。
あいつらと居たくても一緒に居ることは出来なかった。
法律を破るのは言語道断ってのもあるけど、
真琴と一緒に居てバレて俺に関する真琴の記憶が消されるなんて冗談じゃない。
それなら離れる方がいい。
俺の見たかった絵の約束もある。
きっと、伝わってる。
「よう」
目の前の扉が開いて中からラフな格好をした家の主が現れた。
「ああ、いつもの本見せてくれる?」
勝手知ったる家にヅカヅカと上がった。
ヤツもいつもの事だと気にしない。
俺はこいつの家であの絵の載ってる本を見た。
コイツは美術科の学生で、しかも親が金持ちだから色んな絵やら画集やらを色々持ってる。
「お前も好きだねぇ」
俺がキッチンの椅子に腰掛けると、
ダチはニヤニヤ笑いながらダチは書庫に入っていった。
「お前、どっかまた飛んだのか?」
あの格好はだいぶ遡る時代のファッション。
ちょうど真琴の時代。
「ああ。欲しかった絵があったもんでね」
「またかよ」
「仕方ねぇじゃん。やーっと最後の所在が突き止められたんだからさ」
「ふーん」
心のこもらない返答をしてドリンクメーカーのボタンを押した。
「専門家ならまぁ知ってない事もない画家なんだけどさ、
とにかくマイナーだから探すの苦労したんだぜ?」
「あ、そう」
ヤツが早口になった。俺の興味関係なく話が続く癖だ。
それだけ熱がこもってる証拠なんだろうが、すげぇうざい。
「リビングに一つ絵があるだろ。見てみろよ。綺麗だから」
「つーか、見て欲しいんだろーが」
書庫からガサゴソと音がする。
積み重なった本で汚い書庫の何処にあんのか、わかんねぇんだな…。
立つのは面倒臭い。
待ってて本の後に持って来てもらえばいいな。
一人で納得して、俺は背後に反り返ってドリンクを取ろうとした。
が、しかし。
そのドリンクを顔から被る事となる。
「子孫が火事で消失させてるんだよ、その絵。
だからその直前に行って――」
「……もっかい言え」
「は?」
ドリンクまみれの顔なんかどうでもいい。
俺は袖で顔を一回だけグイっといいかげんに拭いて、
椅子が倒れるのもそっちのけでリビングに向かった。
目の前にあるのは、明るい色彩に彩られた絵画。
どうしたらこんな絵を描けるんだってくらい綺麗ないろどり。
前髪も服もドリンクで濡れてる。肌はベタベタしてて気持ち悪い。
けど、そんなのはどうでもいい。
「紺野真琴っていうんだぜ。21世紀初頭の画家でね。
最初バイトでイラストレーターしてたらしいんだけど、
絵柄に特徴があるから人気が出たらしい」
アイツ独特の軽い足音が近づいてくる。
「これは30代半ばの絵かな。――ホラ、本」
「ん、おいといて」
差し出された本も視界に入れないまま、ズルズルしゃがみこんだ。
ビックリしすぎて本なんて後回しでいい。
同姓同名なんかじゃない。
脇には何冊か重なった一番上の雑誌には真琴。
発行年数と年齢を比較しても、ガキすぎだぞお前。
軽く口角で笑って絵に手を伸ばした。
お前、絵なんて授業以外描かなかったじゃねーかよ。
絵を描くなんてそんな好きじゃなかっただろ。
約束はどうしたんだよ。なんで画家なんだよ。
グルグルと心の中を色んなのが駆け巡る。
「お前も気に入ったのか」
嬉しそうな声が耳に入る。腕が震える中、絵を持ち上げた。
古ぼけた額縁が描かれてから年月が経ってることを物語っていた。
「コレ、くれ」
気が付いたら声に出てた。
「は?!」
“心底、驚愕”“冗談言ってるなよ”といったニュアンスが込められてるのが分かる。
それでも、欲しい。
「なんで、お前にやらなきゃならないんだよ」
「うるせぇな、お前、賭け麻雀のツケ払ってねぇだろーが」
「関係ないだろ、それは」
「負けがこんでるんだよ。いくらだと思ってるんだ?コレ一個でいいから、くれ」
絵を濡らさない様に腕に抱いて振り返った。
非難するような目線を真っ直ぐ見返す。
沈黙が通り過ぎる。
「……分かったよ、やる」
ヤツは仕方なさげに肩の力を抜いた。
「サンキュ」
そこから俺の家までの道のりをどうやって帰ってきたか覚えてない。
ダチに包んでもらった包装を解いて、壁にかけてあった絵と取り替えて。
ソファーに座ってそれを眺めた。
「真琴」
あいつ自身に対するように声をかけた。
あの夏より先のあいつの軌跡がここにある。
すると、呼応したかのように額縁が壊れて絵が落ちた。
大きな音を立てて額縁も絵も床にばら撒かれる。
「やべっ…!」
急いで駆け寄って絵を確かめる。
絵の無事を確認して、ほっと胸をなでおろした。
「…?」
絵の下に、だいぶ色あせた封筒が見える。
きっちり閉じられた封筒の表書きはない。
一応、――言いたくねぇ――名を残してる画家のモノを破損するのに
良心が疼くが。
見たい心が逸って指で乱暴に開けた。
中には4ツに折畳まれた紙が2枚。
1枚目は厚い紙。
「…なんだ??」
広げてみると。
笑ってる俺、欠伸している俺、野球してる俺。
あの時の俺が鉛筆でいくつも丁寧に描かれていた。
そうして、2枚目。
「……真琴」
想いが喉から溢れた。指が震える。
『千昭、元気?』
2枚目にはたった一行、あいつの右肩上がりの勢いのある字でそう書かれていた。
バカ、年賀状でも暑中見舞いでもねぇんだよ。
『元気?』ってなんだよ。
『届いた?』とか今までのことを書くとか色々あるだろうが。
俺の答えようがねぇだろ!
「……」
2枚の手紙を交互に見た。
「……ハハ」
次第に笑いがこみ上げてきた。
まるで声が聞こえるようだ。
アイツらしいじゃん。
元々タイムリープするのは絵を見るだけのつもりだったから、
もう会ってはいけないと決めた。
頭に、笑うあいつやテストで苦しんでるアイツ、
旨そうにお菓子を頬張ってるアイツ……色んなアイツが浮かんでくる。
「真琴、好きだぜ」
真琴のかわりに手紙を強く強く胸に抱いた。