あたたかな腕(3)
「千昭!」
あたしは抱きついた。
飛びついたって言ってもおかしくない。
淋しかった心も無理矢理前を向いた努力も、千昭とまた会えた。
それだけで綺麗さっぱり吹っ飛んだ。
「千昭」
声が涙に緩んだ。
「うん」
からかうでもなく、ただ素直に千昭は受け止めてくれた。
「千昭」
「うん」
何度も何度も呼ぶと、その度に千昭は頷いてくれた。
恋慕のこころは、相手の名前を呼ぶだけでいい。
名前以外に勝てるものなんてない。
「戻ってきたぞ」
「バカァァ!」
「戻ってきたオレにその台詞かよ?!」
「人の涙を返しなさいよっ……!」
「返せるかよ」
「うるさぁぁい!」
ここにいるんだって実感する、あたたかい腕。
強く、強く、千昭の腕が背中で交差する。
あたしの涙がおさまると、千昭はゆっくり腕を放した。
「こっちは千昭がいなくなった後も泣いたのに」
つい恨みがましい気持ちになってしまう。泣いた後に前を向いたところだったのだ。
「ふぅん?」
ニヤニヤ笑いながら千昭はあたしの手を引いた。
「何よっ!?」
「イヤ、なぁ?」
「ナニよ」
「そういうカオ見れただけで戻ってきたかい有ったなーと」
「!!」
思わず片手で顔をおさえた。
「あたし、どんな顔してたの?!」
「さぁてねー」
通行の邪魔にならない歩道の隅で足を止め、道路と歩道を隔てている支柱に腰掛ける。
「千昭」
あたしも足を止めた。
千昭だけが力を入れて繋がっている手を見つめた。
「んだよ」
「どうして?」
「んー…」
少し言い淀んで、あらぬ方向に千昭の視線が動く。
「千昭にしたら、ただの旅行みたいなもんだったんじゃないの?」
あの後考えたのだ。
自分にとっての心のよりどころとなる絵を見にきた、とは言っても旅行と同じなんだろうと。
「んーちょっと違うけど、まぁオマエからすれば同じようなもんかもな」
「なら、なんで?」
あたしは千昭の手を握り返した。再び問うた。例え旅行感覚でも千昭の手は離したくない。
「オマエと一緒だろ?」
「あたしと?」
千昭も寂しかったんだろうか。
「オマエが」
色々動いた千昭の視線は地面を見て止まった。
「オマエが脇にいないと、調子がおかしいんだよ」
そうじゃなきゃ来ねぇよ、と口ごもる。
あたしは千昭の顔を覗きこむように下からわざと見上げて、
「千昭も寂しかった?」
「……」
「ねぇ?」
顔ごと逸らされた視線を追いかけて問う。
まるでゲームのように、また顔ごと逸らす。追いかけるとまた更に。
「千昭!」
いいかげん、イライラしてきたあたしに、
「誰が言うか、バーカ」
千昭は勝ち誇ったように笑って立ち上がった。
「さーてと、帰ろうぜ」
「さっさと話切り上げないでよ」
「帰らないの?」
「帰るわよ」
「んじゃいいじゃん」
「聞きたいもん」
またさっきのスクランブル交差点。人も車も相変わらずの混み様だ。
信号が青になるのを待つ。
一歩先に居る千昭は、車道に背を向けて体は半分あたしの方を向きながら
チラと見下ろすように視線を合わせた。
「お前に会いにきたんだよ。それじゃマズいか?」
目は冗談を言っている訳ではない。
「会いにきたんだよ」
真面目に。
「真琴と一緒にいたかったんだ」
千昭は前を向いて歩き出した。
こっちを一度も見やしないけど、落ち着いた声色。
「お前とまたバカやりにきたんだよ」
色んな方向に歩く人並みを掻き分けて、あたしもその後を着いていく。
「……もう一度呼んで」
千昭が呼んだあたしの名前。再会して初めて呼んだ。
千昭があたしを呼ぶ声が好きだ。
呼ばれると自分の存在も相手の存在も確かめられる。
千昭がここにいるって分かる。
「まこと」
「もう一度!」
「まーこーとー」
幾度も繰り返しながら渡りきって広い広場に出ると、
千昭は楽しそうに笑って あたしが追いつくのを待ってくれた。
あたしは千昭の隣に並んだ。
どちらからともなく、歩き出して。
「あたしも、寂しかったよ」
「ああ」
「会えて嬉しい!」
あたしは満面の笑顔。
千昭と手を結んだまま並んで先へ歩き出した。
再会編です。
背景として選んだ渋谷はよく出没する場所です。
「柔らかな指先」の微妙な続編。コレ単独でもOKなので「微妙」つき(笑)
…長かった…!
いや、一枚の絵にたどり着くまでの工程が(笑)
一番最初の小さい絵を基にして話をこじつけました。
千昭お題の私服のつもりだったので
「指先」を書いたときの予定では「私服」からリンクされる筈が、
長くなりすぎて別途になりました。
まぁ…着そうにないしなぁ、こんな服。
でも足首までの細身のロングコートが好みなんで着せちゃった…!
千昭ならきっとなんでも似合うよ。
でも本人の性格が邪魔しそう。中身の印象が強烈、みたいな感じで。
その元の大きさの絵をお題「私服」のところからリンク。
そのうち、ちゃんと着そうな私服に変わります。いつになるやら(笑)
撮りやすかったとです。
行きそうにないのですが友梨ちゃんに犠牲になってもらいました。
ありがとう。……この子なら109系着ててもおかしくはなさそうだよね(笑)
109→スペイン坂→ブック1stのルートを歩いてます。
ていうか、あんなところで抱きつくのか……。
い、いちおう謝っとく。ふたりともゴメンね。
(’06.11.2)