甘いひととき
「……やっぱりソレか」
「ん?」
首を傾げたあたしの向かい。
浅く腰かけながら背もたれに寄りかかり、大股に座る千昭がいる。
千昭は嫌そうに……ブスッとしていて、ティーカップを横柄に持ち上げた。
「な……何よ」
「ソレ目当てなんだろ?」
千昭がジロリと視線を寄越した先のショコラケーキはあたしが頼んだものだ。
「うん、そうよ」
「おまえがこんなトコに自ら来る筈ねぇもんなー?」
「どうせ あたしの柄じゃないわよ」
「あ? 自覚してんじゃん」
千昭は、猫のように笑ってからかう。
ひどい言い草だけど 自分でも自覚してるから仕方が無い。
ここは紅茶専門店。
セカンドフラッシュとかアッサムとかセイロンとか訳わかんない。
紅茶なんて興味ないし、お茶なんて飲めればいい。
「でも!」
「でも?」
「ショコラが美味しいって聞いたんだもん。これは食べないとねー!」
「そういうことか」
「そう」
あたしはフォークに一破片をさし、千昭は諦めたように息をついた。
「んで、噂通り旨かった?」
「もっちろん!」
「そりゃ良かったな」
喜色満載の笑顔を浮かべたあたしの代わり、千昭のテンションは低い。
「なによ。来たくないなら来なきゃいいじゃない」
「そういう訳じゃねぇよ」
不機嫌な千昭にあたしこそ不満が出てくるってもの。
「じゃあ何よ」
「お前も柄じゃねぇけど俺も柄じゃねぇんだよ」
「だから?」
「功介誘えば良かっただろ」
「功介、予備校じゃない」
「早川さんとか」
「お墓参りなんだって」
「俺しか空いてなかったっつーオチ?」
げんなりとした様子の千昭に追い撃ちをかけていいのか、流石のあたしにも迷う。
「あっ、千昭も食べてみれば気分も変わるよ、きっと」
「いいよ」
皿とフォークを差し出しても、千昭は意欲なく。
「美味しいんだって!」
「いらねぇって」
意気込むあたし。にべもない千昭。
「……て言ってると、」
千昭はそこで言葉を切った。
フォークをあたしの指ごとを持つように一破片刺し取ると口に運んで。
入れ終わると、あたしの指を自然に離した。
「言ってるとお前『あたしの差し出したケーキが食べられないの!?』くらい言いそうだよな」
千昭はからかうように口角を上げる。
「い、言わないわよ!」
言わない自信ないけど。
「不精してあたしの手から食べないでよ!」
「不精かよ……」
「違うの?」
「別に同じだろー? 文句言うなよ」
「違いますーっ」
出会った頃とあの事が有った後。
私の気持ちが違う。だから、今の行為が少し恥ずかしい。
気にするなって自分でも思うんだけど、そうもいかない恋心。
……恋、なのかなぁ? 恋……とはやっぱり思いたくないんだけどなぁ。
「まぁ、ともかく!」
「なんだよ」
フォークを握り締めて話の転換をしたあたしに、
千昭は『お前が言い出したんだろ?』と言いたげ。
「美味しい?」
テーブルに身を乗り出して顔を覗きこんで。
「うん、旨いな」
「でしょ?」
「今まで食べてきた中で一番美味しい」
「ほら、美味しいんじゃない」
素朴に言う千昭のその言葉が嬉しい。
あたしは安堵して椅子の背にもたれた。
「俺も別の、頼もうかな」
「え? 千昭が?」
あたしは目を丸くした。
学校で、甘い間食を好んで食べてる記憶が余りない。
そんな内に千昭は別のケーキを頼んで。
「……まぁ、たまにはな」
居心地悪いのか、もぐった声。
「それだけ美味しかったのよね」
「悪いか?」
「悪くないよ! ぜんぜん。むしろいいんじゃない〜?」
あたしは、軽口を叩くように口に乗せる。
千昭も同じような口調で、
「食べてぇんだろ?」
と返した。
「あ、バレた?」
「バレバレ」
ケーキを持ってきた店員に千昭は愛想よく礼を言う。
「うわっそれも美味しそう〜!」
「な、美味そうだよな!」
フルーツのいっぱい乗ったタルトがキラキラと輝いている。
千昭は一口を大きめにフォークに刺した。
「ほら」
「え?」
フォークに刺したタルトがこっちを向いている。
「ほら。口開けろ」
「じゃ、遠慮なく!」
身体を乗り出したようにテーブルの真上でパクついた。
「旨いか?」
「んーーーーっ!!」
「旨いんだな」
ジタバタしたくなるような美味しさ。
それを食べ終わって一言。
「美味しい!」
子供のように喜び勇んだ。
「じゃ、俺も食うかな」
「もう一口ちょうだい」
「だめ」
「ケチッ」
タルトを一口食べた千昭に対してブゥブゥと口を尖らせる。
「うるせ」
「意固地っ」
「あーうるさいうるさい」
始まるいつもの軽い言葉の応酬。
「ん、じゃあさ」
残りがショコラと同じくらいになると、千昭はフォークを止めた。
「交換するか?」
「えっいいの?」
「そっち、もうちょっと食いてぇ」
「なんだ、千昭もなんじゃない」
「そういうこと」
ニシシシシといったように笑いながら千昭はタルトを滑らせた。
あたしはそれを受け取って代わりにショコラを押した。
そうしてまた食べ出す。
「また来ようよ、千昭」
「ああ、来ようぜ」
「功介も連れてきたいよね!」
「あ、いいんじゃねぇ? あいつなら紅茶わかりそうだもんな」
「んー!美味しい!」
甘いひととき。
大切な大切な、千昭との時間。