桜、咲く
誰もいなくなって電気も消された教室。
「あーあ。春休み終わっちゃったよ」
短すぎる休みに溜め息が出る。
「今更、何言ってんだよ」
功介が呆れた声を出した。
「あっ、バカにしたなー!? 休みは長い方がいいでしょうが!」
ビシッと功介を指差した。
「バカにしてねぇよ」
「バカにしてる! ねぇ、千昭は長い方がいいよね?!」
そう千昭の方を見ると。千昭は、頬杖をついて窓の外の風景に見入っていた。
「なんかあるの??」
あたしは、近寄った窓を開けて外を眺めた。
去年と教室の位置が違っているぶん見える景色は新鮮だけど、何か真新しいものがある訳でもない。
「あ、いや…」
くるりと振り返って首を傾げると、千昭は視線を逸らして口を淀ませた。
「カワイイ新入生でも居たの?」
「いねぇよ」
「確かにもう皆帰ってるもんね」
「オンナにフられたんじゃねぇ?」
「ばっ、ちげぇよ」
腕を組んで見下ろすようにからかった功介を千昭は反射的に睨みあげた。
「じゃあ、なに? めっずらしいじゃない。千昭が外見てボーっとしてるなんて」
「…なんでもねぇよ。ほら、帰るぞ」
顔をほんのり赤らめて、気まずそうに立ち上がって背中を向ける千昭。
あたしと功介は顔を見合わせた。
「さては感傷に浸ってたんだろ」
「んで、その自分が恥ずかしかったって寸法ね!」
「!」
繋ぐように指摘した途端、机や椅子を巻き込んで千昭はスッ転んだ。
「千昭!!」
「……っ、いってぇ〜〜〜〜〜」
千昭の側に走りよって手を差し出す。千昭は素直にあたしの手を取って立ち上がった。
「サンキュ」
千昭は短く礼を言いながら、ズボンや学ランについた汚れを叩き落とす。
その顔は決まり悪そうで、あたしはニヤつく顔がとまんなくて、
「図星だからってお笑いみたいにコケなくてもいいのに〜」
「は!? お笑いじゃねーよ」
千昭は心底イヤそうに舌打ちをする。
「王道じゃないの」
「だな」
間髪入れずにそう言って功介は千昭が倒した机を起こして整頓すると、
「何を見てたんだ?」
追い討ちをかけるように、でも素朴に尋ねた。
「あー…」
「あんな分かりやすい図星っぷり発揮しながら、まだ言わないんだ〜」
悪戯心溢れて笑って、先に行ってしまった千昭を追いかけた。
「……たんだよ」
「ナニ?」
あたしと功介は並んで千昭の後ろをピッタリついて歩く。
千昭は立ち止まって窓の外に視線を移した。
「サクラ、見てたんだよ」
天気のいい時は御飯を食べる広場に、まだ満開には遠いけど淡く咲く桜の木があった。
あたしは千昭の右側に並んで止まって、あたしの右に功介が立って。
「だいたいいつも見ねぇで過ごすからさ」
「お前、転勤族だって言ってたもんな」
功介が桜を見下ろしながらポツリと呟く。
「うん、綺麗だもんね。そりゃ千昭でも見とれちゃうね」
「お前には見とれるなんてないもんな?」
「だって、花見るよりお団子食べてた方が美味しいもん」
調子が戻ってニヤニヤと笑う千昭に、あたしは偉そうに胸を張って大きく先に一歩歩き出した。
「認めてんじゃねーよ!」
後ろに千昭のツッコミ。
あたしは千昭にベェと舌を出して、後ろ歩きのまま指を鳴らした。
「ねぇ!今度の週末、見頃だって言うし、お花見行こうよ!」
「いいな、グッドアイディアじゃん♪」
「何処も混んでるぞ、きっと。いいのか?」
「それでもいいのー!」
喜んで賛成してくれた千昭と少し難色を示した功介と言いだしっぺのあたし。
三人で花見をするのは初めてだ。
「ねぇ、何処がいいかな? 玉泉堂のお花見弁当久しぶりに食べようよ、功介」
「玉泉堂?」
転校してきた千昭が知るはずもなく。
「あっ、おい」
「おいしいんだよ〜!とって、もぉあああ!?」
急に平衡感覚がなくなった。
「――真琴!!」
今やっと階段に差し掛かったんだと気が付いた。
腕をバタバタさせて足掻くけど倒れる体は止まらず、ぎゅっと目を瞑る。
落ちて行く代わりに、勢いよく引っ張られた。
「あぶねー……」
恐る恐る目を開いた。
「千昭……」
心底安堵したように息をつく千昭が至近距離にある。
あたしが前に倒れこんでも千昭も巻き込んで倒れる訳でもなく、
コケて倒れそうになったあたしを千昭の腕が抱き止めてくれていた。
「お前、バッカじゃねぇの?!」
「真琴がバカなのは昔からだろう」
「あはははは……」
千昭の怒りにも功介の辛らつなジョークにも、あたしの口からは乾いた笑いしか出ない。
「でも、サンキュー、千昭」
「あったりまえだ。感謝しろよ?」
「何を偉そうに!」
軽口に軽口を返して、どちらともなく離れた。
「真琴、捻挫とか大丈夫か?」
功介が真面目に聞いてくる。
「大丈夫だよ。どっちかって言えば、実際にコケた千昭のが怪我あるんじゃない?」
「俺も平気」
心ここになく、千昭は姿勢悪く俯いて頬をグイと手で力強くぬぐう。
すると、功介は階段を先に降りだして、あたしもそれに続いた。
「さ〜て。じゃあ、帰りに玉泉堂に予約してくか?」
「うん!」
後からダラダラと千昭が降りてくる。
あたしと功介が踊り場から下に差し掛かっても、まだ上の方に居る。
「千昭、遅いー!」
「うるせぇ」
この三人ならきっと楽しい。
ううん、絶対楽しい!
あたしは階段を駆け下りた。